日光街道沿線No.14 栗橋町(埼玉県)

利根川が迫っている宿
2006年5月 10日号
撮影日: 2006年5月7日  フィルム:NEOPAN400 PRESTO   スキャナ:COOLSCAN II

栗橋町

 栗橋町は、利根川を境に茨城県と接する町です。
 栗橋駅から旧日光街道へ向かって歩いてくると、正面の家屋の上に利根川の堤防が覆いかぶさるように見えてきます。栗橋の旧日光街道の町並みは、利根川に沿って発展しました。
 現在、国土交通省が進める首都圏氾濫区域堤防強化事業にともない、栗橋町も影響を受けます。その中に、旧日光街道沿いの町並み600メートルが入るため、町並みをどのように保存するのかが検討されています。
 栗橋町の利根川堤防整備については、”利根川の堤防整備について”のホームページをご覧ください。

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 利根川沿いの旧商家と思われる家は、表通りから利根川の船着場まで敷地が続いていたのでしょう。鉄道が敷かれるまで、利根川を利用した舟運や、人馬の通行の往来が盛んに行われていました。

栗橋町旧日光街道沿いの商家
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栗橋関所跡の碑

 栗橋には、日光街道で唯一の関所がありました。
 利根川「房川(ぼうせん)の渡し」といわれ、元和2年(1616)には幕府の定船場が定められました。その後、関所が設けられました。いまは、利根川堤防改修のために実際に関所が設けられた場所ではありませんが、「関所跡」の碑が堤防にがあります。

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 杉戸町から幸手と追ってきたカスリーン台風による浸水を示す電柱の表示が、栗橋では、人の背丈を越えた約2.3mの高さになっていました。
 カスリーン台風による大洪水の発端となったのは、栗橋の北方の埼玉県東村(現在の埼玉県大利根町付近)での利根川堤防破堤でした。

 電柱に書いてあったことは
 ”ここは昭和22年の洪水で、利根川の堤防がこわれ、赤い線(矢印)まで浸水しました”と,、ありました。昭和22年の洪水は、9月に発生したカスリーン台風による大洪水よる浸水です。このときの被害は、群馬・栃木・埼玉・東京におよびました。

カサリーン台風の浸水被害を示す電柱
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