日光街道沿線 No.13 幸手市(埼玉県)

権現堂の桜堤と御成街道が合流する宿
2006年4月 10日号
撮影日: 2006年3月25日, 4月1日  フィルム:NEOPAN400 PRESTO   スキャナ:COOLSCAN II

幸手市権現堂桜堤

 幸手は権現堂堤の桜が有名です。権現堂堤の周囲には菜の花が作付けされています。この時期、桜のピンクと菜の花のイエローのお花見を楽しむことが出来ます。
 この桜は大正5年に植えられ、太平洋戦争中燃料として伐採されたのを、昭和24年再び植えられたものです。

 このあたりは刀根川の氾濫による水害に苦しめられていました。この水害をなくすために造られたのが権現堂川堤(1802年)です。この工事は難工事だったために人柱となった順礼母子がいました。この母娘を供養した順礼の碑があります。
(撮影:2006年4月9日)

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 幸手は日光街道、将軍や勅使が日光社参に使った御成街道、そして筑波道が分岐する宿場町と して栄えました。この聖福寺は将軍や勅使が休憩した寺です。ここには左甚五郎作と伝わる彫刻や絵画が残っています。

幸手市、聖福寺
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幸手市

旧日光街道沿いに残っている建物。

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  杉戸町にあったカスリーン台風による浸水を示す電柱の表示が幸手にもありました。ただし、杉戸町ではいたるところの電柱にあったのですが、幸手で私が見つけたのは2本だけでした。杉戸では、浸水水位が膝下だったのが、幸手では1.4mになっていました。

 電柱に書いてあったことは
 ”ここは昭和22年の洪水で、利根川の堤防がこわれ、赤い線(矢印)まで浸水しました”とありました。昭和22年の洪水は、9月に発生したカスリーン台風による大洪水よる浸水です。このときの被害は、群馬・栃木・埼玉・東京におよびました。

カスリーン台風による浸水水位
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