初歩き 子の権現

2020年1月5日(日)晴れ
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今年の初歩きは、東京ハイキングの子の権現です。東京ハイキングの山行に参加は、半年ぶりです。しばらく集団で歩くハイキングに参加していないので、皆さんに付いて歩いて行けないかもしれないと心配です。駅前でいつも一緒になる友人が待っていてくれ、私の復帰を喜んでくれました。
コースは、西武秩父線西吾野駅➝「天寺へ十二丁」➝子の権現➝竹寺➝小殿バス停(バス)=飯能駅 歩程約3時間、参加者は45名です。予定では小床峠➝吉田山分岐を歩くのでしたが、台風の影響でコースが変更になりました。
西吾野駅前は、他のハイキングの会の人達もいてハイカーが大勢います。9:30 西吾野駅出発
登山道の途中、台風で倒されたのでしょう大きな木が倒れていました。45名参加なので列の中ほどを歩いていても、長い列です。子の権現山門11:35 子の権現本堂着、今年の山行の安全をお願いしました。冬晴れの奥武蔵の山々がくっきり見えます。子の権現を少し行った所の日向で昼食大休憩、お正月なので、リーダー恒例の甘酒を作ってくれました。12:30 午後の出発、竹寺へ向かいます。
冬の日差しは弱く、北斜面は風が冷たく、小休憩の時にセーターを着こみました。竹寺の近くにあった「関東ふれあいの道」の案内板、私は2009年1月に「埼玉ふれあいの道」で、初めてここを歩きました。案内板がこんなに傷んでしまっているのを見ると時の経つのを感じます。14:05 竹寺(正式名称は医王山薬寿院 八王寺)着、神仏習合の寺です。14:15  あとは、ひたすら休憩なしで小殿バス停へ下ります。
途中登山道が崩落して通ることができない場所がありました。リーダーが、男性の会員に声を掛け、全員エスコートをしてもらい斜面を登り、崩落個所を迂回して通ることができました。
15:12 バス停に近くまで来たときに、乗客が誰も乗っていないバスが走って行きました。全員小走りでバスを追い、バスに追いつきました。ほぼ全員バスに乗ることができました。リーダーは遅れた人を待って、次のバスで飯能駅に向かうことになりました。そのため、飯能駅で自然解散となりました。

無事、皆さんと一緒に小殿バス停まで歩くことができました。これからも、無理をせずハイキングを楽しみたいと思います。

大晦日の高尾山

2019年12月31日(火)快晴
今年最後の山行です。毎年12月30日に高尾山への山行に参加していましたが、今年はありません。そこで、友人と30日か31日、お天気の良い方の日に高尾山で年越しそばを食べようと、約束をしました。そして、30日は雨のため、今日になりました。

10:00 京王線高尾山口駅に待ち合わせました。友人を待っていると、多くの人が改札を出てきます。今日は大晦日のはずです。友人とは1年ぶりに会います。会ってから、どのコースを歩くか打ち合わせをしました。ケーブルで上がり、今年最後なので、薬王院にお参りをすることにしました。
ケーブル乗り場に向かうとやはり人が多くいました。ケーブル、リフト乗り場はすっかりお正月を迎える準備ができているようです。10:21  ケーブルを降りて、十一丁目茶屋から見える風景は少し霞んでいます。薬王院も人の列が続いています。目的が年越し蕎麦を食べることなので、今日は身軽、友人が持って来たのはお饅頭とみかんと飲み物、私はおせんべいと飲み物、お弁当はありません。一年分の話をしながら歩いているうちに頂上に着きました。
11:10 高尾山山頂着。多くの人がいます。お弁当を広げている人もいます。展望台から富士山が綺麗に見えています。持って来たおやつを食べながら、暫く富士山を眺めていました。仕事をしていた現役の頃、通勤電車から富士山を見ていました。私の部屋からは富士山が見えないので、お天気が良く、空気が澄んでいるときは富士山を見たくなります。11:40 下山は、稲荷山コースから6号路を歩くことにしました。これから登っていく人とひっきりなしにすれ違います。外国の方が多いようでした。
6号路も台風19号の後、通行止めになっていたときがあります。台風の爪痕でしょう、倒れた大きな木が、沢べりが濁流でえぐられたような跡がありました。どこまで水があふれたのでしょうか。13:00 ケーブルの清瀧駅着、お蕎麦屋さんを探します。どのお店も混んでいます。駅から少し離れたお店に並びました。割と早く私たちは席に着くことができ、ビールで乾杯し、目的の年越し蕎麦を食べることができました。
14:10 準特急新宿行きで帰宅。来年も“年越し蕎麦を食べに高尾山へ来ること“を約束し、友人と別れました。

今年一年私のブログを見ていただきありがとうございました。途中、間が空きすぎた期間もあります。来年は間が開くことが無いように、体調に気を付け、山歩きをし、ブログを書きたいと思います。

東ハイ祭 文学コース

2019年11月9日(土)晴れ
10月は台風15、19号の影響で、山は登山道が通行できなくなり、次々山行が中止になってしまったため、4ヶ月ぶりの東京ハイキングに参加です。
今日は東ハイ祭です。東ハイ祭の会場である井の頭公園へは、5ウォーキングコースがあります。私は太宰治の墓がある弾林寺に寄る文学コースへ、参加することにしました。
コースは、JR三鷹駅南口➝中央通り➝赤とんぼ碑➝本のレリーフ➝みつめる少年像➝八幡神社→弾林寺(太宰治・森鴎外の墓)→むらさき橋(玉川上水)→山本有三記念館➝万助橋➝東ハイ祭会場(井の頭恩賜公園)歩程2時間、参加者は52名です。
9:00 JR三鷹駅南口集合、出発

市内を長い列で歩きます。

赤とんぼ碑 三木露風は昭和3年から39年に亡くなるまで三鷹に住んでいました。

太宰治「斜陽」の文学碑

元々同じ敷地だった八幡神社と弾林寺がありました。弾林寺は、きれいで、静かなお寺です。その時の住職が檀家の反対を押し切って、太宰の墓を建てることを許可しました。太宰が葬られることを願ったお寺です。

森鴎外の墓、斜め前に太宰治の墓があります。太宰治の墓。太宰の墓と並んである津島家のお墓には、奥様の美知子さん85歳没とありました。
太宰治は、昭和14年に三鷹に転居、昭和23年に玉川上水に入水するまでの約9年間、三鷹に住んでいました。

むらさき橋から玉川上水を覗き込むと、現在の玉川上水は水量が少なく、太宰が入水した頃と変わっています。赤い錦鯉と模様の入った白い錦鯉がここに住み着いているようです。玉川上水の太宰治が入水したと思われる地点に、青森、金木産の玉鹿石が置かれているそうですが、私の下調べが足りず、見落としました。私は金木にある「斜陽館」へも行きました。20代のころ太宰の本を一心に読んでいました。

山本有三記念館 子供のころ「路傍の石」を読みました。11:20 東ハイ祭の会場である井の頭恩賜公園着、私たちのコースが一番早く着いたようです。

この後、井の頭公園に各コースを歩いたメンバーがぞくぞく到着しました。昼食後、午後1時から第38回東ハイ祭が行われ、私の友人も90歳達成で表彰されました。80歳達成で表彰された会員は多数です。参加者は今まで最高の250名だそうです。